パワプロ2022レジェンド再現選手 ミッキー・マントル 1956年 NYY
ミッキー・チャールズ・マントル
NYY(1951ー1968)
1956年成績
150試合 打率.353 52本 130点 OPS1.169 10盗塁
(※太字はリーグトップ)
通算成績
2401試合 打率.298 536本 1509点 OPS.977
タイトル
首位打者 1回:1956年
本塁打王 4回:1955年、1956年、1958年、1960年
打点王 1回:1956年
表彰
シーズンMVP 3回:1956年、1957年、1962年
ゴールドグラブ賞 1回:1962年
ハッチ賞 1回:1965年
アメリカ野球殿堂入り:1974年
史上最高のスイッチヒッター
1950年代から1960年代にかけてニューヨークヤンキースの主砲として活躍し、スイッチヒッターとして歴代最多の通算536本塁打を記録。また1956年にはスイッチヒッターとして初めての三冠王受賞。1974年には彼の偉大なる成績を讃えアメリカ野球殿堂入りにも果たしており、しばしば『史上最高のスイッチヒッター』と呼ぶ声が高い選手。
1956年には4月17日にドワイト・D・アイゼンハワー大統領が観戦する前で推定160mもの特大ホームランを放つ活躍を見せ、6月8日まで打率4割を維持するなど絶好調。シーズン終了までこの好調ぶりを維持し、いずれもリーグトップの打率.353、52本塁打、130打点を記録し史上9人目の三冠王を受賞。スイッチヒッターとしては史上初で52本塁打での三冠王達成は最多記録であった。オフにはMVPを万票で受賞している。
翌年も好調でキャリアハイの打率.365を記録したがレッドソックスのテッド・ウィリアムズが打率.388をマークしたため首位打者は逃している。無冠に終わったが2年連続でMVPを受賞している。
ヤンキースはマントルが現役時代に着けていた背番号「7」を引退した1969年に永久欠番に指定している。
査定に関して
対左B・・・対左打率.375
チャンスA・・・得点圏打率.444
バント○・・・ドラックバントも得意としていた(※マントルのwiki参照)
走力A(87)・・・左打席から一塁まで3.1秒で到達できていたほどの俊足(※マントルのwiki参照)
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